八木政和

「作れないものなんて
ないのかもしれない」と思う、この頃

機械加工職

八木 Yagi

兵庫県立武庫工業高校卒業。25歳までプロのミュージシャンをめざして音楽活動の後、ものづくりの道へ。現在は入社13年目となり、製造部を担う存在に。

ミュージシャンから、「ものづくり」の道へ

ミュージシャンから、「ものづくり」の道へ

私はプロをめざして音楽活動をしていましたが、もともと「音楽は25歳まで」とリミットを決めていたので、25歳で音楽に区切りを付けて「ものづくり」の道へと再スタートを切りました。
ものづくり企業を就職先に選んだのは、子どもの頃からミニ四駆にハマったり、高校では機械科で切削加工を学ぶなど、機械に触れることが好きだったから。就職するなら、好きなことを仕事にしたいと思っていました。
高校の機械科では電気や機械について浅く広くいろんな知識を身につけましたが、テックス理研が手がける「渦流探傷装置」や「画像検査装置」についてはまったく知識がなかったので、入社して一から学びました。

「本当にできるのか」から 「できないものはない」へ

「本当にできるのか」から
「できないものはない」へ

私の仕事は、技術部が設計した図面をもとに、資材部が集めた必要な材料を使って実際に装置としてカタチにすることです。毎回、渡された図面を前に「これ、本当にできるのか?」と途方にくれるような難しい案件ばかりです(笑)。でも、それをなんとかするために、調べたり教えてもらったりしながら、手を動かし頭で考え、試行錯誤するのは嫌いじゃないですね。
この会社で学んだことは、「みんなで知恵を絞ってやれば、なんとかならないことはない」ということ。そんな毎日が10年以上続くと「本当にできるのか」ではなく、「やればできないこともないだろう」と思えるようになりました。いろんな山を越えすぎて感覚が麻痺しているのかもしれませんし、知らない間に自分の仕事のクオリティーが上がったのかもしれません。
スケジュール通りに装置が完成したときには、どんな苦労も吹っ飛んで、ものすごい達成感があります。だから、この仕事はやめられません。

「すごい技術」を持ったチームの一員として

私はなんでもコツコツやるタイプで、日々の仕事は黙々とひとりで細かい改善をしたり、アイデアを試してみたりしています。でも、技術部が汗を流して製図し、資材部があらゆる方法で集めてきた材料を最後に受け取ってカタチにする仕事なので、作業自体はひとりでやっていても、常にチームの一員であることを感じます。私は、「製品は、自分のところに来るまでに7割は仕上がっている」と考えているので、最後の3割を全うしなければ、ここまでのすべてが無駄になります。3割を負う責任をいつも感じて仕事をしています。
テックス理研は、社員全員が持ち場を守り、それぞれものづくりに専念して、世の中にないものをみんなで作り上げています。私もその一員としていいプレーをしてチームに貢献できるよう、「どんな機械でも確実に作れる実力がほしい」と思いながら、日々仕事に向き合っています。

Point

#業界未経験からの挑戦 #やってできないことはない #チームでものづくり